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When the rain stop, I'll turn the page.

……どうやら私、HMを更新すると次の日はサボリ癖が頭をもたげるようです。まあ宣伝の為に数日はトップページに置いておきたいという親心なのかも知れませんが(苦笑)。

最近ですね、『W.L.O -世界恋愛機構-』というゲームを再開しまして。ちょっと前に買ったあかべぇそふとつぅの18禁学園アドベンチャーゲームで、ヒロイン2人(愛奈・蛍)攻略した所で放置していたものです。それがちょっとした気紛れで、この度再開。現在アリサ・サラサルートで、これがまた面白い。度々ブログでも言及している上、HMという学園もの自作小説を書いてますし、やはり私は学園ものが好きなのだなぁと痛感しました。リトバスやった時も思いましたが。

ゲームにしてもドラマにしても、学園ものの基本にして真髄はプレーヤーや視聴者に『自分もこんな学園生活を送りたい(送りたかった)』と思わせる事だと思う訳で。それは学校行事的なイベント事であったり、恋愛であったり、クラスメイトとの交流であったりと様々な要因があると思います。その点において、WLOは充分に『自分もこんな高校生活を送りたかった』と思わせてくれました。まだ途中ですけど。主人公のクラスメイト(担任教師含め)は皆テンション高くてバカですし。マエストロサイコー。学園祭の演劇やカフェも面白いし。

……や、決して私自身の高校生活がつまらなくて、出来る事なら変えたかったと思っている訳ではありません。私の高校生活は凄く充実していましたよ。仲のいい友達とバカやったり、クラスの団結で文化祭や各行事を盛り上げたり、普通に恋愛もしましたしねー。……ええ、色々とすったもんだありましたよ……(トオイメ)。

ですがそれはそれ。当然にして真理、『2次元と3次元の違い』。『理想と現実の違い』。確かにこのゲームのような高校生活だったら、それはさぞ面白かっただろうとは思いますが、現実に楽しく過ごしてきた高校生活を塗り潰してまで交換したいとは思わないし、所詮この物語は『仮想』のものでしかない事は重々承知していますから。その『手の届かなさ』が、学園ものの醍醐味なのではないかと。

私も曲りなりに『学園もの』というジャンルで小説を書いている身分。HMはWLOとは少し違いますがやはりそれもまた一つの『私の理想の具現』である訳で。現時点でHMを読んで下さった皆様が『こんな学園生活を送りたい』とか『自分もSGの生徒になりたい』という感想を抱いて下さっているかは分かりませんが、そんな風に思っていただけるものを作るのが、私のHMにおける一つの夢であり目標な訳で。まあ自分の趣向が前提なのは変わらないのですけど。まずは自分がそう思えるか、が一番大事。

…と、珍しく真面目に長々と語ってしまいました。まあそれだけ私は学園ものが好きなのだという事(笑)。



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瞳を逸らさずに 何度でも繰り返して 思いを言葉にして欲しい。
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by araya-shiki | 2009-07-10 20:19 | Comments(2)

アスファルト タイヤを切り付けながら 暗闇走り抜ける。

昨日から大きな話題となっていますが、かの小室哲哉が詐欺容疑で逮捕されたそうですね。

……何か悲しいです。

このブログでも何度か話題にした事があると思いますが、私は昔ミュージシャンを目指してました。それ相応の専門学校にも通ってた程ですし。で、私をその道に引きずり込んだ発端というのは、小学生の頃に小室哲哉が在籍するユニット『TM NETWORK』の『GET WILD』に出会ったからです。幼心に『世の中にはこんなにカッコイイものがあるのか!』と全身が粟立った程。もう20年程前の事ですが、今でも覚えています。

それ以来、小室哲哉の紡ぎ出す音楽に魅了され、憧れ、毎日のように聴いていました。私が中高生の時といえば90年代後半。所謂『小室ファミリー』が音楽業界の最先端にいた頃の話です。小室哲哉の曲が時代を彩っていた頃。意識せずとも巷には彼の音楽が溢れていました。当時の音楽界は彼を中心に回っていました。私らくらいの年代で彼の曲を全く聴いた事ない人はいないでしょう。

憧れは夢へと変わり、『自分もこうなりたい』と思うのに時間は掛かりませんでした。それが高じて、両親の反対も押し切り、一人東京へ出て新聞配達をしながら音楽の専門学校へ通うようになったのです。…まあ途中で辞めてしまったのですが。

つまり、私にとって『小室哲哉』という存在は『憧れ』であり『目標』でした。私の人生を変えた人、といっても過言ではありません。彼の音楽に出会わなければ、今私はどうなっていたでしょうね。全く想像出来ません。

その彼が……詐欺ですか。ガッカリとか憤りを感じる…というのは少し違って、先に立つ感情は冒頭にも書いたように『悲しい』なんですよね。別に私個人の夢を穢されたとか壊されたとか裏切られたとか、そんな事はどうでもいいんです。私がミュージシャンを目指していたのは過去の話。正直、今の彼には昔ほどの憧れを抱いてはいないのですから。

ただ……私がかつて目指した道の先にいた人が、私がかつて熱狂したモノで人を騙し、不幸にしたという事実が悲しい。確かに彼には色んないざこざから多額の借金があって、その返済に奔走していた事は前から噂になっていましたから寝耳に水という訳ではないのですけど、かつて時代を彩り、私を含めた多くの人々を魅了した自分の曲を悪用したというのはあまりにも度し難い。それは自分の子供を犯罪に利用する行為と何ら変わりません。

別に金儲けに利用するのはいいのです。音楽業界ってそういう所があるのは知ってますから。リスナーだって自分が気に入らなければCDは買わない訳で。でも『儲ける』のと『騙す』のでは似て非なる大きな違いがあると思います。端的にいえば、不幸になった人がいるかいないかの違い。この行為を小室哲哉ではない他の誰かがやったとしたら、まあそれはそれで憤りを感じるでしょうが、それでも『悲しい』とは思わなかったと思います。これをやったのが『小室哲哉』だったからこそ『悲しい』。今だからこの程度で済んでいるものの、現在進行形でミュージシャンを目指していた頃にこのニュースがあったなら、と思うとゾッとします。多分立ち直れなくなってたんじゃないかと。

そして現在、TM NETWORKやglobeの曲を聴きながらこの記事を書いています。多分彼の音楽は今後も度々聴くと思います。悪用されてしまったのは悲しい事ですが、曲そのものには何ら罪はないのですから。随分と聴き古された為に色褪せてしまってはいますが、かつての輝きの欠片は確かに感じます。……や、名曲に『欠片』という表現は些か失礼だとは思いますが、私の貧困なボキャブラリーでは他に適当な言葉が見つからなくて。やっぱりカッコイイものはカッコイイのですよ。それが例え過去の栄光であったとしても。

……何か思いつくまま構成も考えずに書いた所為で散文風味ですが…まあ私がただ言いたかっただけですので。特に同意を求めている訳でもないですし。言いたい事はまだまだ尽きなかったりしますが、収集つかなくなりそうなのでこの辺で。読んで下さった皆様に感謝とお詫びを。ありがとうございました&ゴメンなさい。明日からまたいつものバカブログに戻りますので。

……重ね重ねすみません、今日はポエムを書く予定でしたけど、明日に回します。明日こそは必ずや。うう…もう3日も先送りしてるぅ……。まだ先月のアクセス解析もやってないし……。まあ暫くはネタに困らないって事で、一つ(笑)。



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夢の残滓を追い掛けて 思い出の中を駆け巡る。
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by araya-shiki | 2008-11-05 09:24 | Comments(4)

傷付け合った言葉も重ねた涙も いつかは思い出になるよ。

…何か久しぶりに昼寝をした。昼ごはん食べてWOWOWで録画しておいた松本人志監督作品の映画『大日本人』を観ていたら急激な眠気に襲われ、耐え切れずにプレイヤーを停めてそのまま3時間。…執筆をするという話は何処へ行ったのだろう…。

もしかして『大日本人』に何らかの催眠作用でもあるのだろうか。確かにまっちゃんがやたらボソボソ喋っててよく聞こえないし、BGMも何か眠くなりそうなものが多かったし。まだ30分しか観てないけど、ちとビミョーかもしれん。でもオチが面白いとの噂。確かカンヌの招待作品だったっけ?

嗚呼……いい天気だなぁ……。暑くも寒くもないし。ドライブでもしたい……。もしくは屋上で寝転んでたいなぁ……。でも昼寝の所為でビミョーに時間がない……。夜は少し執筆しようかな。

さてそんな訳でポエムですぅ~。本日のお題は宙矢様の『楽しい思い出』。……どんな感じにしようかな。どやさ。


心に小さな微笑みを 涙に密かな感傷を
記憶の片隅 胸に仕舞ったフォトグラフ
色褪せないセピアの思い出

はしゃぎ回った 大地の色を
思いを運んだ 風の色を
季節を彩る 花の色を
いつか見上げた 空の色を

時代が変わり 景色が変わり
例え人が変わっても

僕らの楽しい思い出は いつまでも変わらない
君と過ごした楽しい日々は 永遠になくならない

この先辛い事があって 下を向きそうになったら
立ち止まって思い出して 楽しかったあの頃を

きっと笑顔が戻るから



……うん、このお題とか昨日のコメントの事とかの為に何年ぶりか高校の卒業アルバムなんぞを開いてみた訳でして。今なんかちょっとフワフワしております。フワフワしたまんま書いてみました。因みに現在のBGMもX JAPANの『Longing ~途切れたmelody~』だったりします。
高校卒業してもう10年か。学生時代は楽しかったなぁ…。切実に戻りたい。…と、思う歳になってしまったか。ちとビックリだ(苦笑)。この周辺、まだ現役で学生やってる人が殆どですのにね。

次回のお題は宙矢様の『熟睡』。……えっと、もしかしたら『睡眠』に変えるかもしれませんが宜しいでしょうか?追加のお題もお待ちしてます。そろそろ残りも減ってきましたんで~。
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by araya-shiki | 2008-05-18 17:16 | Comments(5)

数え切れない でも少しの時間は流れ。

昨日の夜、HMの『Character's File』を見ていて気付いたのですが、昨日は春奈ちゃんの誕生日だったようです。…まあ私がテキトーに考えた誕生日なので、どーでもいいのですけどね。

春奈は高等部の2年ですから、昨日で17歳になった訳ですか。まあ本編はまだ夏なので16歳ですけど。…ん?17歳って言うと、実在すれば91年生まれって事?確かラット様も同い年……。

……。

うがーーー!!色んな意味でうがーーー!!

ええそーですよ。私は所詮1980年生まれですよ。91年時には既に10歳ですよ。二桁ですよ。時代の流れというものはかくも残酷なのじゃのう…。嗚呼、その若さが恨めしいぞよ…。わらわの贄となりたもれ……!!

…はい、奇妙な大奥ノリは寄り切って。その頃(小4~小5)の私は何をしていたのか思い出してみると、確か少年野球と剣道をやってましたね。まあどちらも大成してないから今ここにいるんですけど(苦笑)。サッカーにハマりだしたのは確か小6の頃ですし。あとは友達とゲームやらバカな事やらばっかりやってましたかね。

で、初めて小説書いたのがこの頃ですね。前にチャットか何かでちょっと話した事があると思いますけど。書いたのは『桃鉄』のノベライズ。これは多分ちゃんと完結させたはずです。クライマックスはさっぱり覚えてませんが、その続編を書いた覚えがありますから。まあ続編の方は間違いなく途中でやめてますけど(苦笑)。今度特別企画で、その当時の小説を復刻……なんて無謀な事は決してしませんが(笑)。この頃に初めて書いたと言っても、それから今までずっと書き続けていた訳ではないですから別に17年の執筆キャリアがある訳でもないのですけど。

因みに詩を初めて書いたのは確か小3の頃です。国語の宿題(?)で、『詩が書けない』という内容の、捻くれモンの極みのような詩を書いた所、こっちが引くくらい先生に絶賛されてしまって……。かなり困った覚えがあります(苦笑)。

私の10歳頃はこんな感じですかね。…それにしても…二日連続で『回想』のタグを使うとは…。昔話に頼るなんて、ネタのなさ具合も末期だなぁ…(苦笑)。
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by araya-shiki | 2008-03-23 18:44 | Comments(4)

狙いを定め 隙間を抜けて 笑顔の彼方へ。

今日の新潟は終日とってもいい天気だったのですが、日が昇る前から日が大分傾く頃まできっちり室内で仕事だった私には殆ど関係ない話でした(泣)。

ですがやはり天気がいい日というのは気分がいいですね。時期的にもちょうど暖かくなり始めてきた頃ですし。ホント、仕事でなければどっかの屋上にでも上がってネコよろしくお昼寝していた事でしょう(笑)。…まあ今はおいそれと上がれるような屋上が近くにないのだけど。会社にも家にも屋上はありませんし。

東京に住んでた頃はよく屋上に上がったものですけどね。私が弟と住んでたアパートには屋上がありましたし。…フェンスとか付いてなかったのでホントは立ち入り禁止だったのですけどね(苦笑)。ですが扉の開け方を見つけて、時折忍び込んでました。…管理人に見つかってたらえらい事になってたと思いますけど。つーか実はバレてたかも知れませんけど。

煙と何たらは高い所が好きという通り、私も例に漏れず屋上とか好きでして。夜に飲み物やらつまみやら持ち込んで友達や彼女と長電話したものです。1時間2時間はザラ。長い時には4・5時間くらい居た事もありましたね。私が住んでたアパートは4階立てだったのですが、景色はめちゃくちゃいい訳ではありませんでしたが、それでもそれなりに夜景とか見れましたし。私にとってはお気に入りの場所でした。…ホントに近くにすぐ上れる屋上がないかなぁ。

話変わって。今日って土曜日だったんですね。ついさっきまで今日は月曜だと思ってました(汗)。だって昨日休みだったし、この土日は両方仕事だし、明け方前から夕方まで仕事ですし。そりゃ曜日感覚なんざなくなるっちゅーねん。

まともにTV観てないのも要因の一つかも。観たい番組は録画して休みにまとめて観るので。今はドラマが軒並み終わったのでテキトーにバラエティばっか観てますけど。コンバットとか。…そう言えば最近音楽番組も全然観なくなったなぁ…。前はMステとかうたばんとかよく観てたのだけど。ううむ、これでは若いもんについて行けん……。因みに今は当たり前のよーにラルク聴いてますが、何か。

…さて、明日も明後日も仕事だ。頑張んべ。
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by araya-shiki | 2008-03-22 18:37 | Comments(4)

何事もないかのよう世界は廻る 僕を残して。

そう言えば昨日、髪を切りました。いえ、昨日の記事を書いていた時には既にもう床屋に行った後だったので、昨日書こうと思えば書けたコトなのですけどね。昨日はアレがあまりに衝撃的だった為にそっちのネタにしたのです。

まああんまり短くした訳ではなくて。前髪の長さは殆ど変えず、全体的に梳いてボリュームダウン。スッキリです。やたら好青年風味です。昨日鏡見て、『オレちょっと浅見れいなに似てるかも』と思ったくらいの長さです。……まあ伝わらんでしょうが。

一応言っときますが、失恋じゃねえですよ?そもそもこの残業地獄の最中、失恋なんぞしている暇が何処にある。失恋は時間があってもしたくないですけどね。つーか恋愛自体を最近していない…。か、枯れておる………。

って、『失恋』と『散髪』のキーワードである昔話を思い出しました。

それは私が高校2年の頃。当時ずっと友達として接してきた女の子に告白された事があるのです。で、私はその子の事を友達としか見れなくて恋愛感情が皆無だった為振ってしまったのです。……何か閲覧者様からそこはかとない敵意を感じる気がしますが…し、仕方ないジャマイカっ!!女の子を振ったのなんてこの時が初めてだったんですってば!!べ、別にこんな事しょっちゅうやってた訳じゃないんだからねっ!!

………それでですね。告白されたのが土曜日でして、日曜休みを挟んだ月曜の朝、他の友達と駄弁っていた私の目の前に、何食わぬ顔をしたその子がいつものように登校してきました。…ええ、ご察しの通り…

ショートカットで。

その子はそれまで常にロングヘアーだったのですが、そりゃあもうバッサリと短くなって。私ら絶句。つーか私はむしろ青ざめました。その子の態度は至っていつも通り。髪切った理由を聞かれても『気分転換』とかサラリと受け流してました。

…この時私は何となく思った事があります。よく『失恋したら髪切って再出発』とか言いますけど、女の子が髪切る理由はそれだけじゃなくて……

振った男に罪悪感を植え付ける為なんじゃないかと。

いやまあ……本人はそんなつもりじゃないのでしょうけどね。………多分。確信的にやったのならこれほど怖いものはありません。事実、私には効果抜群でしたし。何つーか、凄くやってはいけない事をやってしまった気になったというか………。

女の子の皆様、気分転換も程々にしないと男供はミクロになりますので気をつけましょう…。
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by araya-shiki | 2008-03-03 14:16 | Comments(6)

触れる度に染まってゆく、君の頬が今もまだ愛しくて。

先ほどまでオヤジに頼まれて一緒にハイスペックなHDレコーダーなんぞ(私のではないが)をいじくり回していたのですが。
やっぱり新しい家電を触れると新しいものが欲しくなりますね。実家に帰ってきてからというもの、私はとある理由から大型家電屋にはあんまり行かなくなっていたのですが、東京にいた頃はよく用もないのにヨドバシとかを下から上まで練り歩いたりしてましたね。や、これがまた結構楽しいし、いい暇つぶしになるのですじゃ。
いずれにしても、私の現在使ってるPSXは地デジに対応していないのでそろそろ買い替えないといかんのですが。毎日使うものだし、この際ガツンとハイスペックなものにしたい。ブルーレイとか。
でもこの辺は日進月歩なのでホントにタイミングに困る…。『あと3ヶ月も我慢すれば新商品が……』とか言ってる内に、結局買えなくなっちゃうんですよね。携帯電話もそうですが。私が使ってるのはドコモのNシリーズなのですが、N905iμに機種変更しようと思っていたのですけどまごまごしてる内に新作(N705i)が出ちゃったので現在悩み中。むう…どうしてくれよう。

話題転換。

何となく『一年前の今頃は何してたんだろう』と思い立ち、ブログを漁ってみたら、ちょうど一年前の2月11日、私はaiolox様と対決してました。懐かしいですねぇ…。
立ち上げ当初からこのブログに来て下さっている常連さんは知ってると思いますが、それ以降に来た人も結構多いですから、分からない人もいるかと思います。私自身もイマイチ経緯がよく分からんのですが、このブログにもリンクが張ってある『土曜日生まれの。』の管理人・aiolox様と何故か3番勝負をする事になり、その初日が一年前の今日。内容はクイズ対決でした。
他にも写真対決だのポエム対決だのやって、結果は私の圧勝だったのですけどね(笑)。その時のポエムが、このブログで書いた初のポエムになり、その流れが現在も続いているのです。気になる人は去年の2月11日から14日あたりの記事を探してみましょう~。

あれからもう一年経つんですね。時の流れは速く、短く、そして残酷なり。私の時間を返してっ!!



追記。
ゾロ目番コメントゲット報告。

2525→新夜シキ

………………orz
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by araya-shiki | 2008-02-11 18:35 | Comments(6)

あれから三年。 ~後編~

そんな訳で、本日は中越地震の翌日からのレポートをお送りしたします。昨日の記事を読んでない方は先にそちらから。



早朝、見回りがてら散歩に出ると、自販機が使える事に気付く。どうやら電気は復旧した模様。早速ホットのコーヒーを買って帰還。車の中で飲もうと思ったら、あっさり兄に強奪されました。はうぅ~…。

その後家でおにぎりを食べつつTVを見ながら店と一階の片付け。前日の教訓から、二階に上がるのだけは止めておきましたが。
電気は通じているものの、水はまだ通じていない様子。トイレなどはもう水が出る裏手の喫茶店から借りる事に。

で、私の家は商店街にありまして。周囲には飲食店がやたらめったら多いのです。そんな背景で家の前を片付けていると……

おうっ兄ちゃん達!これ食ってくれや!!

と飲食店の人達が保存の利かない差し入れをガンガン持ってきてくれます。隣のラーメン屋さんからチャーシューやらパイコーメンの鶏肉やら味付けメンマやら、焼肉屋さんからはキムチやら、居酒屋さんからはビールやら。私と兄は朝っぱらから酒盛り(笑)。うちに限らず、他の町内でも食料を持ち寄って宴会している所は多かったですね。昼食や夕食も近所が集まって炊き出しをしていたのですが、私の家の裏手にあるレストランのオーナーシェフが腕を奮って下さって、『サーロインステーキ入りの特製カレーライス』とかが出てきたりむしろ普段より全然いいもん食ってます風味。ビバ地震。………これだけ見たらとっても楽しそうで『義援金返せ』とか言われそうですが。

これは勿論「けっ、呑まなきゃやってらんねーや」的なネガティブ発想なんかではなくて、そこは田舎の強みというか、地域コミュのネットワークを最大限発揮した結果と言うか。『○○さん家は無事』とか『○○さん家はあっちに行った』とか、安否などは当然のように完璧に把握した上での、さしずめ『皆無事でよかったね』食事会・宴会な訳です。都会だったらこうは行かないでしょうね。

2~3日ほどそんな生活を繰り返し、友達とも殆ど連絡が取れ、自室は早々に片付け終わって(壁紙が少しヒビ行ったくらいで、壊れたものはなし)、『家の片付け』名目で会社には行かず(オイ)、のーのーとやりかけのシンフォニアなんぞをやっていた訳でして。
…ですが未だ水道だけが復旧せず。周りの家は殆ど直っているのに、何故か私の家だけ。直ったのは大体震災後6日くらいでしょうか。そうなると問題は『風呂』な訳でして。トイレは借りればいいけど、風呂までって訳には行きませんからねぇ…。
そうすると、なし崩し的に営業再開した入浴施設に人が殺到してしまうのです。うちと同じ状況の家は多いみたい。まーカオス。人多すぎでゆっくり湯船に浸かってる暇なんぞありゃしません。さっさと身体だけ洗って終わり。
で、人が多ければ知り合いに会う可能性も必然的に高くなる訳で。友人を発見して「おー生きてたか!!」とか素っ裸で再会を喜んだりしてました。所謂『裸の付き合い』ってヤツですね(ちとチガウ)。

地震から6日くらいで、会社にも復帰。家や店の改装工事はまだまだだったけど、この辺りで日常の大半を無事に取り戻した訳ですね。度重なる余震の恩恵として『地震耐性A++(震度2以下は気付かない。寝ていれば震度4でも起きない。震度5強程度では全くビビらない)』という激しくいらないアビリティを獲得して終わり。私の中越地震はこんな感じでした。



さて、2日に渡ってお送りして来ました『実録!被災者が語る、中越地震の凄惨な傷痕!!』、如何でしたでしょ……ああっ!石を投げないでっ!!ジャ〇に報告しないでっ!!
ですが記事そのものに虚偽も誇張も一切含まれておりません。誓って。メディアは基本的に酷い所しか取り上げませんからねぇ。当時家族から唯一離れていた、普段は私よりもケセラセラ体質の弟も第一報を聞いた時は流石に青ざめて、胃が痛くなるほど心配したそうですし。まあその後、当時の様子を私らから聞いて『お、オレの心配を返せ……!』と涙目で逆ギレされるというオチつきですが。こっちだってもっと被害が大きければ、こんなアフォ話調には出来なかったでしょうしね。人間って逞しい……。

誤解しないで欲しいのは、これはあくまでごく一部の例だと言う事。被災した全員が全員こんな感じだった訳では決してありません。私達はかなり運が良かった方でしょうね。

そして最後に、災害の犠牲となった68名の方々のご冥福をお祈り致します。
ご静聴、ありがとうございました。



追記。
ゾロ目番コメント報告。

1919→ラット様

まりなさんですな(ラット様は意味分からなくてゴメンなさい…)。ここからは2000までノンストップぅ!!
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by araya-shiki | 2007-10-24 17:57 | Comments(7)

あれから三年。 ~前編~

昨日も何だかんだで71人。…これは常連さんが増えたと見なしていーのだろーか?googleから来る人の数は明らかに減ってるし。…コメントしづらい記事でゴメンなさい…。

閑話休題。

今日は10月23日。つまり3年前の今日、『新潟県中越地震』が起こった訳ですね。あれからもう3年ですか……。光陰矢の如しとはまさにこの事。

そんな訳で、今日の記事は『三年前の中越地震、思いっきり被災した私・新夜シキは一体何をしていたのか?』という内容でお届け致します。結構長いので、今日明日の2部に分けます。ご了承を。

まず最初に断っておくと、私の住んでる地域は『中越地方』ではありますがTVでよく取り上げられた川口町(震度7)や山古志村(全世帯に非難勧告)ではありません。軽く震度6強が三回ほどあっただけで、大した被害はありませんでした。結果的に、風呂場とキッチンとトイレを改装したくらいで済みましたし。

PM5:57。私はその時父の仕事の手伝いでとある高台の家にお邪魔していました。その仕事は結構重労働で、次の日に友人の結婚式に出席する為帰郷していた兄、兄を車で迎えに行っていた母と四人で集まってこなすはずの仕事でした。で、ちょうど作業を始めようとした矢先、一回目の震度6強が直撃。電気は一瞬で消え、激しい揺れで前後不覚。もし作業中だったらと思うとゾッとします。

で、まあ怪我人もなく車のラジオで状況確認。高台にいた為に、街の明かりがザーっと消えていく様を見ながら兄と二人で「おーすげーー!!」とか言ってたのは内緒です。…や、普通あんなの見れないからね。
…それにしても、『新潟に着いて2時間で大地震に被災』した兄のピンポイントぶりは、流石に神掛かってますな…(汗)。実はヤツが神奈川の方から地震を連れて来たという説が有力だったり。

当然作業は中断、車で帰宅。その道中に二回目の震度6強があったらしいですが、全く気付かず。「あれ?オヤジちょっと運転ミスった?」ぐらいにしか感じませんでした。そんなもんです。

で、家に着いたのですが……その様子に愕然。店(自営業)はしっちゃかめっちゃか。自動ドアのガラスも粉々。流石にビビりましたが、このいつまた余震が来るのか分からない状況で、勇敢なのか無謀なのかそれともただのバカなのか、私・新夜は懐中電灯片手に自室(二階)の様子を確認しに行きました。まあ「もうデカいのは来ねえだろ」と余裕こいてた側面も無きにしも非ずでしたし。携帯も財布も持ってるし、部屋には今と違ってパソコンも液晶テレビもないので壊滅しても大した被害はないのですが、唯一、身の危険を賭しても安否を確認したかった物があったのです。それは、当時買ったばかりの『PSX』。プレステ2とHDレコーダーの機能を併せ持った、私が新潟に帰って来てから初めて買った高額商品です。値段はともかく、内容データの関係で壊れていたら間違いなく立ち直れないものだったのです。…まあ地デジに対応していないので、今現在で言えばそろそろ買い替え時っぽいのですが…。

部屋に着いて、中を確認。本棚やCDラックは全部倒れていて部屋は足の踏み場もないほど散乱していましたが、幸いにもテレビとPSXを積んだ台は倒れておらずに無事。どうやらキャスター付きの台に載せていたので地震の揺れに合わせて一緒に動いていた模様。「下手に固定するより、全然こっちの方が安全じゃん」とちょっと賢くなった瞬間でした。
で、流石に配線を外して退避させてる余裕まではなかった為、手頃な上着だけを持って部屋を出ました。その刹那……

三回目の震度6強。

既に私は廊下に出ていた為上から落ちて来たり倒れて来たりするものはなかったものの、もう揺れがハンパじゃない。その割りに、「をををっ!?めっさ揺れてるよーーー!!」と意外に達観している自分。この辺の緊張感のなさが新夜式(シキに非ず)。…流石にもうちょっと焦れよ、私。下手すりゃマジ死んでるっての。

家の前で私の名前を呼ぶ母の悲愴な叫び声の中、至って平然と帰還。私のあまりの事も無げな態度に逆に殴られそうになったのはちょっとしたお茶目です。

その後、祖母が持ち出した夕飯を食べ、電気は復旧しなかった為に見回りは意味がないと判断し、大人しく犬とじゃれる。犬は地震にめっさビビッて、終始震えてたけど。携帯電話は通じないがメールは送れる様子だったので、取り敢えず知り合い全員にメールをばら撒いて、流石に家では寝れないのでマイカー(軽)の中で一晩過ごしました。このようなカオスな状況でも、楽勝で8時間熟睡していた私は一体何の達人なのだろう?



そんな訳で、『新潟県中越地震』をのらりくらりと体験した新夜シキでした。2日目以降のレポートは明日。
因みに更新時間は最初の地震が起きた時間にしてあります。
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by araya-shiki | 2007-10-23 17:57 | Comments(5)

その虹は儚く美しい。

昨日購入したL'Arc~en~CielのDVD『CHRONICLE 0』(PV集です。しかもデビュー当時の)を視聴。

……美しいです。特にhyde。ラルクは今でこそナチュラルメイクですが、デビュー当時はバリバリのビジュアル系メイクだったのです。まあそれでもマリスミゼルやディルアングレイほどではないですが。
バッチリメイクで長いウェービーヘアーのhydeは女性そのものです。てゆーかそんじょそこらの女性より遥かに綺麗です。ヤヴァイです。惚れそうです。
…誤解しないで下さい。私はホモではありません。hydeに憧れているだけです。


って、こんな事書いていたら変な昔話を思い出しました。


あれは私が21歳くらいの事だったと思います。確か12月の半ばくらい?当時東京に住んでいたのですが、お昼からの仕事に出勤しようと駅の構内を歩いていたら、斜め前から男の人に声を掛けられました。

男「ねえ、今暇?」

私はどうせキャッチセールスかなんかだろうと思い、無視していました。そのテの人はかなり多いですから。

男「少し話ししない?」

早足気味で歩いている私にしつこく声を掛けてきます。でもキャッチに関わると後々面倒になるので、無視。が……

男「無視しないでよ、彼女!

……えっと……この方は一体何を……?
どうやらこの人キャッチではなく、私を女性と間違えてナンパして来ている様です。確かに当時の私は肩まであるストレートヘアーで色もかなり明るめな茶色でしたし、身長もそれ程高くないし、当時は標準体重である今より5kg位痩せていましたし、顔立ちもどちらかと言えば中性的な方なのですが、だからってそう間違える筈は…ああ成程。この時着ていたのは事もあろうに赤いチェックのダッフルコートでした。これなら間違えられたのも納得。私が何故あんな女の子チックなコートを持っていたのか未だに謎ですが。

私「……はい?」

男は声で私が男だと気付いたようで、顔色変えて去っていきました。私はその場に5~6秒程フリーズ。現場を見ていた近くの女の子の二人組みに笑われていました。…こっちは被害者ですけど?私も居たたまれなくなって、急いで電車に乗り込みましたとさ。

そんな奇妙な体験談を持っている新夜シキでした。皆さんもナンパには気をつけましょうね(笑)。



……………これ、何の記事でしたっけ?
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by araya-shiki | 2007-02-21 10:57 | Comments(5)
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幾千の言葉を紡ぎ言霊を届ける新夜 詩希のブログ『BE THERE』。初めての方はカテゴリ『初めましての方へ』を読んで下さい。一応更新復活中。……変わってない? それはきっとタイミングの問題。


by araya-shiki
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