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あれから三年。 ~後編~

そんな訳で、本日は中越地震の翌日からのレポートをお送りしたします。昨日の記事を読んでない方は先にそちらから。



早朝、見回りがてら散歩に出ると、自販機が使える事に気付く。どうやら電気は復旧した模様。早速ホットのコーヒーを買って帰還。車の中で飲もうと思ったら、あっさり兄に強奪されました。はうぅ~…。

その後家でおにぎりを食べつつTVを見ながら店と一階の片付け。前日の教訓から、二階に上がるのだけは止めておきましたが。
電気は通じているものの、水はまだ通じていない様子。トイレなどはもう水が出る裏手の喫茶店から借りる事に。

で、私の家は商店街にありまして。周囲には飲食店がやたらめったら多いのです。そんな背景で家の前を片付けていると……

おうっ兄ちゃん達!これ食ってくれや!!

と飲食店の人達が保存の利かない差し入れをガンガン持ってきてくれます。隣のラーメン屋さんからチャーシューやらパイコーメンの鶏肉やら味付けメンマやら、焼肉屋さんからはキムチやら、居酒屋さんからはビールやら。私と兄は朝っぱらから酒盛り(笑)。うちに限らず、他の町内でも食料を持ち寄って宴会している所は多かったですね。昼食や夕食も近所が集まって炊き出しをしていたのですが、私の家の裏手にあるレストランのオーナーシェフが腕を奮って下さって、『サーロインステーキ入りの特製カレーライス』とかが出てきたりむしろ普段より全然いいもん食ってます風味。ビバ地震。………これだけ見たらとっても楽しそうで『義援金返せ』とか言われそうですが。

これは勿論「けっ、呑まなきゃやってらんねーや」的なネガティブ発想なんかではなくて、そこは田舎の強みというか、地域コミュのネットワークを最大限発揮した結果と言うか。『○○さん家は無事』とか『○○さん家はあっちに行った』とか、安否などは当然のように完璧に把握した上での、さしずめ『皆無事でよかったね』食事会・宴会な訳です。都会だったらこうは行かないでしょうね。

2~3日ほどそんな生活を繰り返し、友達とも殆ど連絡が取れ、自室は早々に片付け終わって(壁紙が少しヒビ行ったくらいで、壊れたものはなし)、『家の片付け』名目で会社には行かず(オイ)、のーのーとやりかけのシンフォニアなんぞをやっていた訳でして。
…ですが未だ水道だけが復旧せず。周りの家は殆ど直っているのに、何故か私の家だけ。直ったのは大体震災後6日くらいでしょうか。そうなると問題は『風呂』な訳でして。トイレは借りればいいけど、風呂までって訳には行きませんからねぇ…。
そうすると、なし崩し的に営業再開した入浴施設に人が殺到してしまうのです。うちと同じ状況の家は多いみたい。まーカオス。人多すぎでゆっくり湯船に浸かってる暇なんぞありゃしません。さっさと身体だけ洗って終わり。
で、人が多ければ知り合いに会う可能性も必然的に高くなる訳で。友人を発見して「おー生きてたか!!」とか素っ裸で再会を喜んだりしてました。所謂『裸の付き合い』ってヤツですね(ちとチガウ)。

地震から6日くらいで、会社にも復帰。家や店の改装工事はまだまだだったけど、この辺りで日常の大半を無事に取り戻した訳ですね。度重なる余震の恩恵として『地震耐性A++(震度2以下は気付かない。寝ていれば震度4でも起きない。震度5強程度では全くビビらない)』という激しくいらないアビリティを獲得して終わり。私の中越地震はこんな感じでした。



さて、2日に渡ってお送りして来ました『実録!被災者が語る、中越地震の凄惨な傷痕!!』、如何でしたでしょ……ああっ!石を投げないでっ!!ジャ〇に報告しないでっ!!
ですが記事そのものに虚偽も誇張も一切含まれておりません。誓って。メディアは基本的に酷い所しか取り上げませんからねぇ。当時家族から唯一離れていた、普段は私よりもケセラセラ体質の弟も第一報を聞いた時は流石に青ざめて、胃が痛くなるほど心配したそうですし。まあその後、当時の様子を私らから聞いて『お、オレの心配を返せ……!』と涙目で逆ギレされるというオチつきですが。こっちだってもっと被害が大きければ、こんなアフォ話調には出来なかったでしょうしね。人間って逞しい……。

誤解しないで欲しいのは、これはあくまでごく一部の例だと言う事。被災した全員が全員こんな感じだった訳では決してありません。私達はかなり運が良かった方でしょうね。

そして最後に、災害の犠牲となった68名の方々のご冥福をお祈り致します。
ご静聴、ありがとうございました。



追記。
ゾロ目番コメント報告。

1919→ラット様

まりなさんですな(ラット様は意味分からなくてゴメンなさい…)。ここからは2000までノンストップぅ!!
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by araya-shiki | 2007-10-24 17:57 | Comments(7)
Commented by ru-raa at 2007-10-24 16:10
そういう目には遭いたくないですが、地震耐性がついたというのは羨ましいです。
僕は震度3でもビビり、震度1でも敏感に感じとって、テレビを着けてしまいますからね(苦笑)。
しかし、そんな大変な地震があったこと、この記事を読むまですっかり忘れていました。
薄情な人間だなぁ、僕……。
それでは。
Commented by HOCT2001 at 2007-10-24 17:51
ほほえましい近所づきあいですね。
それにしてもビールをくれる酒屋の人っていったい…
こっちは都会だったせいか、近所完全無関心でしたからね。

>まりなさんですな
M1919ですね。
Commented by kazusakanna at 2007-10-24 18:10
地震?震度3で寝てられますが?

まっ先に死ぬタイプですね僕。
Commented by sima-lets at 2007-10-24 20:01
地震には敏感だけど、無視するタイプです。
中越地震、能登半島地震の時にも揺れている中普通に遊んでましたし。

そういえば、地震からもう3年も経つんですね…。早いものです。
Commented by tyuuyaouku at 2007-10-24 21:04
僕の住む地域でそういうことがあったら……たぶん、そんなことに(助け合い)ならないと思います。……理由は簡単で、我が家、思いっきり山の中だから。被災しても、援助がなかなかなさそうです。お隣さんも一件あるだけなので、お互い協力が関の山かと。……田舎すぎだ……。
そして、災害のとき一番困るのが水だという話を、改めて認識しました。確かに、これは近くに川とか無い限り、きついかもしれませんね……。それでも風呂はどうにもならないでしょうけど。
Commented by ラット at 2007-10-24 22:11 x
田舎の結束力はやっぱりスゴイですね。某惨劇の村も違った意味で結束力ありましたが。
そういえばそんな水の危機にはペットボトルとか結構重要ですよ……と何処かで聞いたことがあります。
自分は地震は寝てればきっと4ぐらいでも起きない気がします。それはそれで問題。
ぞろ目ゲット、ありがとうございます。マリナ→バスター(ガン)アークと連想した自分はそろそろA.C.E3中毒を解毒すべきだと思います。
Commented by araya-shiki at 2007-10-25 16:49
>ルーラー様
や、これはこれでいい経験になりましたよ。地震は少し過剰なくらい敏感の方が安全です。私ほど行くと、逆に危ないですから(苦笑)。
他県の人には馴染みが薄いので、忘れていても仕方ないですよー。

>HOCT2001様
流石に冷えてませんでしたけどね、ビール(苦笑)。都会で遭ったら、淋しくて泣いてたと思います(苦笑)。
>M1919
ツッコミありがとうございます♪

>上総かんな。様
私も震度3では絶対起きませんね(汗)。普通の家なら、震度6強は耐えられるので大丈夫かと(オイ)。

>Let's様
富山でしたっけ?こっちは能登半島の時は被害なかったんですよ。
本当に、月日が経つのは早いです。

>宙矢央工様
田舎すぎるのも困りものですね(汗)。
風呂は、冬場だと2,3日くらい入らなくても何とかなりますけど、夏場だと死んでしまいますね。

>ラット様
支援物資で飲み水には困らなかったんですよ。とにかく風呂とトイレが問題でした。
>A.C.E3
…分かりません。ゴメンなさい…。
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幾千の言葉を紡ぎ言霊を届ける新夜 詩希のブログ『BE THERE』。初めての方はカテゴリ『初めましての方へ』を読んで下さい。一応更新復活中。……変わってない? それはきっとタイミングの問題。


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